花雷 日記

夏は、花火を追いかけています。週末は、子供の頃から好きだった歴史的遺産を散策しています。デジカメ持って散策しています。同業者の方が結構いるので、お・ど・ろ・きです。
江戸城牛込









 
| 花雷 | 城跡 | 07:17 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
江戸城  半蔵門線市ヶ谷駅構内
南北線のコンコース中央には「江戸歴史散歩コーナー」といったミニ博物館が設置されています。
南北線建設工事の際に江戸城の遺構が多数出土。それらとともに、市ヶ谷周辺の変遷
が展示されています。
雉子橋(千代田区九段南)から出土した石材を使用して、当時の技法である「打ち込みハギ」で、石垣を再現したものです。


 

| 花雷 | 城跡 | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
日比谷公園 心字池















 
| 花雷 | 城跡 | 08:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
石戸城


石戸城は、室町時代長禄年間(1457〜60)ころ、岩付松山河越の各城との連絡のために築かれたものと伝えられている。扇谷上杉氏の家臣藤田八右衛門の居城にはじまり、永禄6年(1563)松山攻めの時には、上杉謙信が石戸まで進入してくるなど、いくたびかの変遷をみたという。
謙信の松山攻めに先立つ永禄5年(1562)北条氏邦は、北条氏政の命により秩父・
鉢形勢を率いて上杉方のこの城を攻め、時の城主毛利丹後守とのあいだに激しい攻防戦を演じたことが「関八州古戦録」にみえている。毛利氏の守りは固く、北条勢は多くの死傷者を出したが、この時氏邦は、暗夜に乗じて城の東側の谷地に一夜にして土橋を築き、一気に城へ攻め上って勝利したという伝承がある。この土橋が現在「一夜堤」とよばれている。
「一夜堤」は、石戸城跡と谷をへだてた東側の台地とを結ぶ長さ45メートル、幅5メートルほどの堤で、自然散策の遊歩道として市民に親しまれている。
                                                                  案内版より

正直何処が城跡かよくわかりませんでした。





 
| 花雷 | 城跡 | 07:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
石戸館


鎌倉幕府の御家人であった石戸左衛門尉の館跡、または蒲冠者源範頼が匿われた館跡との伝承されています。
荒川を挟んだ対岸の吉見町にも頼範の居館跡と伝わる息障院があり、付近には頼範に関する伝承が幾つか残っていますが、範頼については不明な点だらけであり、頼朝の討手を逃れてこの地で余生を送ったというのも信頼性はどうなんたろうか
ここは石戸氏の館跡とするのがもっとものような気がしますが、
どうでしょうか?


















 
| 花雷 | 城跡 | 07:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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