2012.05.17 Thursday
松本城 その1
戦国時代の永正年間(1504-1520年)に、松本平の信濃府中に居を構えていた信濃守護家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりといわれて、甲斐の武田氏の侵攻を受け小笠原氏は没落、武田氏は林城を破棄して深志城を拠点として松本平を支配下におきます。武田氏滅亡後の天正10年、徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城としました。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐の結果、徳川家の関東移封が行われ当時の松本城主小笠原秀政も下総古河へと移り、代わりに石川数正が入城し、石川数正とその子康長が、天守を始め、城郭・城下町の整備を行いました。その後、大久保長安事件により石川康長が改易となり、小笠原秀政が返り咲きます。大坂の陣以後は、松平康長や水野家などの松本藩の居城として機能。水野家の後は松平康長にはじまる戸田松平家(戸田氏の嫡流)が代々居城としました。享保12年(1727年)には本丸御殿が焼失、以後の藩政は二の丸で執務がとられたそうです。

太鼓門枡形と二の門
1999年復元

外堀
















太鼓門枡形と二の門
1999年復元

外堀









































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